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TAMACWORDS

タマシイのはなし

新年のご挨拶

雑記

みなさん、あけましておめでとうございます。

毎年大晦日に一年を振り返る記事を書いていたわけですが*1、今年はそれができなかったので、もう2013年も三が日が終わりましたが2012年の話をします。

2012年は(例年と比較すると)あまり多くのアニメを見ることのできなかった年でした。だいたい各クール10~15本くらいでしょうか。後で見ようと思って途中で置いておいて、そのまま、というのもいくつかあります。

で、その中でなんとなく思ったのが、自分の嗜好が「愛おしい」系に変わっていることです。

これまではシナリオの深さとか、どれだけ尖っているとか、そういうところに食指が動いていたんですけど、2012年はそう言うのよりはむしろどれだけ「愛おしい」か、というところをポイントにアニメを見ていたように思います。

そういう意味で、10月開始アニメで非常に満足度が高かったのは『ひだまりハニカム』と『ガルパン』です。特に『ひだまり』はシリーズを経るごとにどんどん愛おしくなっていく。

この愛おしいという感情の背景を邪推すると、多忙でいわゆる重厚長大なアニメにどっぷりとはまり込むことができなかったことも原因であろうとは思いますが、そもそもアニメに対して「愛おしい」なんて感じるようになった源流を辿るとやはり『けいおん!』なんだろうな、と思ったり。

そういう意味では、ずっと京アニに対してツンデレな態度をとり続けている僕ですが、やっぱり京アニは偉大なんだな、という気がしないでもないんだから勘違いしないでよねっ!

いつの間にか4年ほど昔の話になっていたので、2012年の話に戻します。

「愛おしい」という文脈において、『中二病』の六花ちゃんは序盤は非常に愛おしかった。でも、途中から非常に重たく感じてしまったのです。

多分ですけどね、昔の自分なら初期の六花ちゃんは浅すぎて可愛いがれず(「萌え」というレイヤーで消化してしまうと思う)、途中からは「こいつやべえ」と本気の分析に入っていたと思うんです。『ヨスガノソラ』の穹のときみたいに。

非常に簡単な話なんですけど、初期の六花ちゃんを愛おしく感じて、中盤以降の六花ちゃんにカタルシスを感じ、全体として分析を行えるのが一番お得じゃないですか。

アニメの見方っていろいろあると思うんですけど、全部楽しむことって意外と難しい。ということで、今年の抱負は「アニメ(に限らずあらゆるコンテンツ)を、自分の持っている全てのレイヤーで堪能する」にしましょうかね。

それでは駆け足になりましたが新年の初エントリはこのくらいで。

本年もどうぞよろしくお願いします。

*1:調べてみると去年はやっていなかったみたい。